企業防災で重要な意味を持つ目標復旧時間(RTO:Recovery Time Objective)。企業は、RTOを設定することで、倒産や廃業のリスクを軽減する効果が期待できるため、社会的な信用度が上がりやすくなります。
また、災害時の対応を定める事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の策定にRTOの視点は欠かせないことから、企業のリスクヘッジのためにもRTOについて理解を深めることは大切でしょう。
本記事では、RTOとは何か、必要な理由、決め方、設定時の注意点について解説します。
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目標復旧時間(RTO)とは
RTOとは、災害時に停止した事業を復旧させるまでの時間の目安のことです。事業が停止した場合を想定し、事業の重要性や、顧客や取引先への影響を考慮して、秒・分・時間・日・週間といった時間単位で設定します。たとえば、RTOを1日と設定している場合、インシデント発生後1日以内に復旧することを意味します。
企業が災害などによって事業を停止した状態が長引くと、収入が入ってこないだけでなく、廃業する可能性や取引先との信頼関係の悪化により、地域経済や取引先に大きな影響を与えることが考えられます。RTOを設定することは、事業の継続・早期復旧を目指せるため、BCPを策定するうえでも、重要な視点といえるでしょう。
目標復旧時間(RTO)の設定が必要な理由
RTOの設定が必要となる主な理由として、「事業を継続させる」「企業の信頼性を向上する」といったことがあげられます。それぞれについて詳しく説明します。
事業を継続させるため
災害が発生した際は、会社の存続にかかわる重要性の高い事業である中核事業をできるだけ早く復旧する必要があります。事業の中断が長引くと、収入は得られないうえに、顧客にサービスや製品の提供ができないため、最悪の場合、取引を解消されてしまう可能性があります。資金に余力がない企業は、廃業や倒産の危険性が高まり、従業員の雇用を守ることも困難になるでしょう。
適切なRTOを設定し、取引先や顧客へ提示することが、従業員や経営資源を守り、事業を継続することに繋がります。
企業の信頼性を向上するため
2011年3月に起こった東日本大震災では、被災地の多くの企業が長期間、事業停止となったことで、さまざまな企業に大きな影響が出ました。このため、最近では、BCPの策定を取引条件とする企業が見られています。
RTOを踏まえたBCPを策定することは、取引先や顧客が安心して自社との取引を継続できることに加え、銀行から融資を受ける際の利率や保険会社の契約保険料が優遇されるケースもあります。RTOが設定されたBCPは、不測の事態に備えていることを示せるため、企業の信頼向上に繋がるでしょう。
目標復旧時間(RTO)の決め方
RTOを決める際は、過去の経験則だけを参考にするのではなく、具体的な検討を積み重ねて、適正値を出すことが大切です。事業停止の影響が、時間の経過に伴ってどのように変化するかを確認し、RTOを設定しましょう。
具体的には、以下の順序で進めます。
- リスクの種類と受ける影響を想定
- RTOを設定すべきリスクを選ぶ
- 中核事業を選ぶ
- ボトルネックとなる資源を洗い出す
- 事業停止はどこまで許容できるか
- 目標復旧時間(RTO)の設定
それぞれの項目について詳しく見ていきましょう。
リスクの種類と受ける影響を想定
事業を停止する原因となるリスクには、大地震、台風、豪雨、火山の噴火、火災といった自然災害や、新型コロナウイルス感染症といった感染症のパンデミック、ネットワークを介したサイバー攻撃など、さまざまなものがあります。海や川が近い、背後に山があるなど、事業所の地理的要因も考慮し、過去の災害事例を参考に、リスクがもたらすインシデントの規模をなるべく具体的に想定しましょう。
業務が停止した時に受ける影響を分析することを、ビジネスインパクト分析(BIA:Business Impact Analysis)と呼びます。BIAは災害などで受けるダメージを具体的に可視化できるため、RTOの設定に役立ちます。
ビジネスインパクト分析(BIA)とは?目的や進め方、時間軸、ポイントを解説
RTOを設定すべきリスクを選ぶ
本来であれば、全てのリスクを考慮してRTOを設定するべきでしょう。しかし、その方法だと時間も手間もかかり、現実に行うのは難しいかもしれません。自社がRTOを設定するべきリスクは何なのか、まず考える必要があるでしょう。
そこでリスクの種類と、それによって予期せぬインシデントが発生した際に企業が受ける影響を分析します。リスクがもたらすインシデントの発生頻度、事業が受けるダメージ、どの程度の損失が発生するかなどを分析し、自社にとって特に脅威となるリスクを選択します。
たとえば、大地震の場合は、建物や設備の損壊、電気・ガスなどのインフラ停止が考えられます。あるいは、交通網の寸断による物流ストップによって事業が停止する可能性もあるでしょう。より大きな影響を事業に与えるリスクは何か、選び出すことが大切です。
中核事業を選ぶ
RTOを設定するべきリスクを選び出したら、自社のなかで優先順位が高い、会社の中核事業を明確にします。中核事業は、顧客や取引先への影響度、社会的役割の大きさなどを考慮して選びます。中核事業を選ぶ際は、以下のような視点をもとに考えるとよいでしょう。
- 会社の売上に最も寄与している事業は何か。
- 商品の納期、顧客と確約しているサービスの提供時間など、期限が定められている事業のうち、延滞すれば大きな損害が出る事業は何か。また、どの程度の遅延時間なら許されるのか。
- 自社に課せられた法的・財政的な責務はあるか。ある場合、それを満たすためには、どの事業が必要か。
- 市場シェアや会社の評判を維持するためには、どの事業が重要か。
参照:3.1.1.1 優先的に事業復旧すべき中核事業を把握する (meti.go.jp)
中核事業を選ぶ際は、事業が停止した場合の損害を具体的に考えます。災害時には、こうして決めた優先順位に従って対処することになります。
ボトルネック資源の抽出と影響を検討
中核事業を明確にしたら、それを継続するために必要なボトルネックとなる資源を洗い出します。「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」「インフラ」などが災害で機能しなくなった場合のことを想定し、事業を推進するのに必要なボトルネック資源を明らかにします。
続いて、災害が発生した時、ボトルネックとなる資源が機能しなくなった場合に受ける影響について検討しましょう。たとえば、水がボトルネック資源である場合、大地震の時、水資源がどの程度影響を受けるかを考慮し、RTOの設定に活かします。災害が事業に与える影響を、できるだけ具体的に推定することが大切です。
事業停止はどこまで許容できるか
災害により事業が停止した場合、取引先や顧客にどのような影響があり、どれぐらいの期間なら待っていただけるのか、という視点はRTOを設定するうえできわめて重要です。
中核事業に必要な経営資源を洗い出し、誰がどのような設備を使い、誰に渡すのか、など、業務に応じた流れを細分化しましょう。図や表を使って整理することで、業務に関与している人や、顧客や取引先といったステークホルダーの許容範囲などが明確になります。
続いて、ステークホルダーが許容可能な設定時間から、業務停止を許容できるデッドラインである「最大許容停止時間(MTPD:Maximum Tolerable Period of Disruption)」を算出します。
最大許容停止時間(MTPD)とは
MTPDは災害などによって、業務が停止した際、事業の中断時間がもたらす影響から考えた、経営陣が最大限許せる業務中断時間の長さを指します。RTOと同様、中核事業の優先順位を決定するための判断基準となる重要な指標です。BCPを策定する際には、RTO、MTPDという2つの時間軸を意識する必要があります。
MTPDは、BIAのなかで中核業務を判断するための目安になります。たとえば、MTPDが短い事業は、早期に復旧するべき事業であるため、企業にとって重要度が高いといえるでしょう。一般的に、自動車業界のような製造業はサプライチェーンの力が強く働くため、MTPDは比較的短くなる傾向があります。
災害などのトラブル発生時は、MTPDを超えないように復旧を目指す必要がありますが、MTPDを最終ラインとした場合、復旧ができなかった際に多大な損失をこうむるかもしれません。そのため、MTPDとは別に、RTOを設定する必要があります。
目標復旧時間(RTO)の設定
RTOを設定するためには、まず事業復旧の流れを示したフロー図を作成します。MTPDを参考に、それぞれの工程にかかるRTOをフロー図に記載します。たとえば、「従業員の安否確認」「代替生産体制への切り替え」「自社工場での生産を再開」などの復旧工程がある場合は、次のようにフロー図を作成しましょう。
目標復旧時間(RTO) | 復旧工程 |
1日 | 従業員の安否確認 |
2日 | 代替生産体制への切り替え |
10日 | 自社工場での生産を再開 |
業務工程や復旧工程ごとにRTOを設定し、事業の完全復旧を目指します。
RTOの設定は、地震や津波、火災などリスクごとに行いましょう。ただし、災害の規模やインシデントの理由により、取引先が許容できる時間やレベルが異なる可能性もあります。提示しているRTOより復旧が遅れる場合に取引先と調整ができるよう、普段からの関係づくりを大切にすることも重要です。
目標復旧時間(RTO)を設定する際に役立つ事例
中小企業庁のホームページには、RTOに関する参考事例が掲載されています。業種や被災状況、事業継続(復旧)の概要がわかるようになっているので、RTOを作成する際の参考にするとよいでしょう。
業種 | 被災状況 | 事業継続(復旧)の概要 |
建設業(建築工事) | 従業員の死傷なし 事務所が一部損壊 建設機器等の被害はなし 顧客の一部も被災 市役所等からの業務依頼が発生 |
|
製造業(加工機械の製造) | 従業員の死傷なし 工場建屋は小被害 生産機器は無事 協力会社1社に大被害 顧客は日本全国、少量受注生産 | 【1日目】
【2日目】
【3日目】
|
製造業(部品製造) | Ø 従業員死亡1名 Ø 工場建屋は小被害 Ø 機械の転倒 |
|
製造業(各種地場企業)
| さまざま |
(調査対象は主要地場企業271社) |
小売業(商店街) | さまざま |
|
(出典:中小企業BCP策定運用指針 資料05 目標復旧時間に関する参考事例)
目標復旧時間(RTO)を設定する時のポイント
RTOを設定する際のポイントには、以下のようなものがあります。
取引先やサプライチェーンの意向をチェックする
中核事業から、関連する取引先やサプライチェーンに含まれる会社がわかります。サプライチェーンとは、原材料の確保から最終消費者に至るまでの財と情報の流れにかかわる「開発」「調達」「製造」「配送」「販売」などのことです。
RTOの設定する際は、取引先やサプライチェーンの意向を考慮することが大切です。たとえば、取引先との契約に納期遅れの違約金が発生するケースでは、納期に間に合うようにRTOを設定する必要があります。
ただし、災害の規模や被災の程度により、取引先や顧客などの許容度は上下するものです。地域住民の人命救助を優先するため、事業の早期復旧ができないといった事情で納期が遅れる場合には、理解を得られやすいでしょう。
非常時において納期の遅延などが許容されるためには、取引先と良好な関係を築いていることが前提条件となります。平常時から取引先とコミュニケーションを図り、いざという時に調整できる関係を築いておくことが大切です。
財務の状況を確認する
災害などにより、中核事業が停止している間は、企業の利益が大幅に減少します。自社の資金がどれぐらいの期間、持ちこたえられるのか、きちんと見積もっておくことが大切です。
災害時は収入が途絶えることのほか、納期遅延などによる違約金や従業員・臨時職員の賃金に加え、建物や設備の修繕や新規調達の費用が必要になることが考えられます。
可能であれば、緊急時の資金を準備するなど、事前対策をしておくことで、余裕を持ったRTO設定をすることができます。
復旧時間を遅らせる要因を把握する
中小企業BCP策定運用指針では、中核事業を復旧する際、以下のような要因が復旧時間を遅らせるとしています。これらを把握してRTOを設定するようにしましょう。
要因 | 復旧時間の制約内容 |
従業員・設備等の被災状況 |
|
協力会社の被災状況 |
|
顧客の被災状況 |
|
事業インフラの復旧目処 |
|
(出典:中小企業BCP策定運用指針 資料06 復旧時間の制約要因)
まとめ
近年の日本では、南海トラフ地震や首都直下地震が懸念され、豪雨災害も目立ちます。ほかにも、感染症のパンデミックやサイバー攻撃なども危惧されており、リスクは複雑化しています。災害などにより、予測できないことが次々と起こるなかで、被害を最小限にし、事業を早期復旧するためにも、BCPを活かした企業防災の必要性が高まっています。
より実用性のあるBCPの作成には、現実に即したRTOの設定を行う必要があります。ただし、RTOは設定すればよいものではありません。必要に応じて見直し、BCPの改善に活用しましょう。
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